あこがれのおはなし

 気味の悪いガキども……率直な感想がそれだった。

 誰に対しても親切で、そのくせ自分には馬鹿みてえに厳しくて、子どもらしさのカケラもない。一心に強くなることだけ考えているようで、妙なところで思慮深い。なにより、お互いがお互いのことにしか興味がないみてえだ。それが癪にさわる。

 だけど気に入らねえと口に出すほどあたしも子どもじゃねえし、いちいち諭してやるほど優しくもねえ。だいたいそういうのはレインの仕事だろ? 隊長なんだからよ。

 そんなだったから、旅を共にしてしばらく経った頃、こいつの方から稽古をつけてほしいと頭を下げてきた時は正直かなり躊躇した。しっかしまあ、断るのも先輩としてどうなんだってネイトのやつが口出すもんだから、仕方なくあたしは引き受けることにしたんだ。

 今、すっごく後悔してる。

「だー! だからそこはこう捌けってこの前教えたろ!?」

「こ、こうですか?」

「違う! 逆だ! おまえどんだけ不器用だよ!」

 日課となってるフィ・ナとの手合い。やってみてすぐにわかったが、こいつには絶望的にセンスがない。才能って言葉が死ぬほど嫌いなあたしでも、こいつを見てると個体差程度のものはあるのかもしれないと思えてくる。
 普通、目の前で見本を見たらなんとなくわかるだろ? ああ、だから動きが逆だって……。もしかしてあたしの動きを正面から見てるからか? 頭の中で反転できてない? 冗談だろ?

「だからこうだって」

 仕方なくあたしはフィ・ナの後ろに回り込んで、身体を正しい方向へ動かしてやる。まったく世話が焼けるが、実戦で足を引っ張られるよりはマシだ。

「あ! わかりました!」

 ようやくあたしの言ってた動きを理解できたからか、フィ・ナは今日初めての笑顔を見せた。
 へえ、ルトナスの前以外でも笑えるんじゃねえか。

「じゃあ手合いの続きだ。あたしの槍を捌いてみろ」

「あ、待ってください。今身体に覚えさせてるので……」

「バッカ。魔物は待ってくれねえぞ。ほら、実践あるのみだ」

「え、あ……!」

 ものの見事にさっき教えた動きの逆をやってすっ転ぶフィ・ナを見て、あたしはすっかり頭を抱えた。今日もまた三歩進んで三歩戻る、だ。



「おまえさ、どうやって今の実力までなったんだよ」

 ひたすら素振りを繰り返すフィ・ナを視界の端に入れながら、あたしは至極真っ当な疑問を口にした。
 こいつは決して弱くはないのだ。なんなら同じ年頃ではルトナス以外相手にならないだろう。さすがにクリスタルキャラバンに選ばれるだけの力はある。だからこそ恐ろしいほどの覚えの悪さが引っかかって仕方ない。
 そんなあたしの問いかけに、フィ・ナは素振りの手を緩めることなく息を切らせて答えた。

「小さい頃から、ルトと二人で手合わせしてたんです。終わる度に反省会して。それで、少しずつ強くなれたんだと思います」

「ルト……ルトナスねえ」

 またか。
 あたしがそう思うのも察してほしい。こいつらときたら四六時中お互いを気にかけているように見える。まるでお互いが自分自身を大切にしない分、相手を大切にしてバランスを取ってるみてえだ。

「そんなに好きなのか? あいつのこと」

 だから、そんな意地悪もしてみたくなった。
 しかし、フィ・ナは相変わらず表情ひとつ変えずに素振りを続けながら即答した。

「大好きですよ。ルトはわたしの半分ですから」

「はあ。そうかい」

 ひと回りは歳上のあたしですら恥ずかしくなるほどあっさり言いやがる。あたしは聞かなきゃ良かったと顔を背けた。

「あ、でも好きだけじゃないですよ。憧れ、とか」

「へーへー。参りましたよっと」

「へへ。わたし初めてシグルドさんから一本取りましたか?」

「……馬鹿なこと言ってるとまた転ばすぞ」

「良いですよ。何度だって立ち上がりますから」

 希望に満ちた瞳しやがって。あーあー、眩しいったらありゃしねえ。

「シグルドさんはいないんですか? 好きなヒトとか、憧れのヒトとか」

「憧れ……か」

「そうですよ。そのヒトを支えたいとか、そのヒトみたいになりたいとか……」

「そういうのはな。たいして興味もねえやつには話さねえことにしてる」

 機嫌が悪かったのもある。けど、言ってしまってすぐに後悔した。だって……これはあまりに格好悪いだろ。
 剣が空を切る音が止んだのに気づいても、あたしはフィ・ナの方を見れなかった。



「いいね。キミ、素質があるよ。それによく頑張ってる」

 身の丈を遥かに超す長槍を抱えた幼いあたしに、あのヒトは確かにそう言った。

「いつか、キミが大きくなったら一緒にクリスタルキャラバンの旅に出よう。約束だ」

 その言葉に、何度折れそうな心を救われただろう。
 あたしの夢はその日定まったんだ。

 だけど約束が果たされることはなかった。あのヒトが選んだのはあたしじゃなくあいつで、あのヒトが帰らなかったあの日もあたしは村でただ拗ねていて。
 あいつが血塗れで持ち帰ったクリスタルケージを、呆然と見つめることしかできなくて。

 一生並べなくなった目標を、そうと言うのなら。
 いなくなったあのヒトの背を追いかけて必死に槍を振った日々に、動機をつけるのなら。

 間違いなく、憧れだったんだと思う。



「ごめんなさい」

 フィ・ナのしょんぼりした声で、あたしも我にかえった。

「そうですよね。わたし……図々しかったです」

 目を向けると、フィ・ナは弱々しく笑ってそう言った。
 あたしは自分に腹が立って舌打ちした。余計に萎縮させた後輩を尻目に、今度は拳を座っていた切り株に打ち付けた。

「……忘れろ」

 そう呟くので精一杯だった。

「言い過ぎた。だから……今のは、忘れろ」

 格好悪い。こんなことではあのヒトにいつまで経っても並び立てない。
 あたしは、優しくも強くもない。あの日から何も変わっちゃいないと思い知らされた。

「はい」

 そう短く答えて素振りを再開したフィ・ナをその場に残し、あたしはひとり宿に戻ろうとした。

「あの、シグルドさんは優しいんですね」

「は?」

 だから唐突にそう声をかけられて、あたしはずいぶん間抜けた声を出したんだと思う。

「わたしは、自分のことばっかりで。だからああ怒られて当然なんです。なのに気遣ってもらっちゃって」

「おいおいおい。やめろって世辞は」

「お世辞じゃないです。わたし、シグルドさんのそういうところ好きですよ」

 そう言ってにっこり笑うフィ・ナ。
 ほんと、気味の悪いガキ。あたしが優しい? 馬鹿言うんじゃねえよ。

「構えろ」

「え?」

「稽古の続きだ。あたしから一本取るまで今日は帰さねえからな」

 槍を構える。今のあたしは手加減できそうにない。
 本気には本気で応える。それがあたしの流儀だからだ。

 忘れていた。
 あの日、真剣に槍を振るっていたあたしにあのヒトが声をかけてくれたことを。
 不器用なこいつがクリスタルキャラバンに選ばれるまでになった。並大抵の努力じゃないだろう?

 あたしに「おまえは頑張ってる」って言わせたら、認めてやってもいい。

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2022年1月18日