確かなもの

 神官が欲を出してはいけないでしょうか。
 確かなものを感じたいと願うのは、人の……僕の業でしょうか。
 女神アスタルテ。貴女はきっと僕を認めないでしょう。
 不完全な僕は愛されない。だけど。それでも。僕は。

 決して広くはない教会内の個室。僕の書斎兼寝室でもあるこの部屋の隅で、深い青の髪を呼吸の度に小刻みに揺らしながら、ワユさんは眠っていました。
 先ほどまで旅の武勇伝を元気よく聞かせてくれていたのに、少し目を離している間に彼女はストンと眠りに落ちたようです。きっと疲れているのだろうと、剣を胸に抱きながら眠るワユさんを見て、そう思いました。
 寝ている間も得物を手放さない姿勢に、少し不憫さを感じます。言えば怒られるでしょうから、絶対に口にはしませんが。小さな教会で孤児院の真似事をしている神官の自分と、剣の修行の旅をしている彼女とでは、価値観も倫理観も違って当たり前なのです。
 一つでも何かが違っていたなら、きっと僕たちは出会う運命にもなかったでしょう。生まれつき身体の弱い僕が元団長の厚意で傭兵団に所属できていたこと。その元団長が捕虜にされていたワユさんにたまたま出会って救い出したこと。少なくともこのどちらかが欠けていたら、きっと僕たちは――。
 とにかく、その頃の縁かワユさんは年に何度か僕のもとを訪ねてきます。二人とも傭兵団を抜けた今となっては、いつ途切れても不思議ではない細い糸のような繋がりです。
 正直に告白しましょう。僕はこの絆がほどけるのを恐れています。
 ワユさんが旅に出て、もう二度と帰ってこない。そう想像しただけで胸が鋭い針に刺されでもしたかのように痛むのです。
 そんなことを考えながら、僕は彼女に毛布をかけてあげました。ワユさんは目を覚ます様子もなく、すやすやと寝息を立てています。こうしていると、わずかに上下する彼女の肩がとても小さなことに気がつくのです。そういう時、僕は決まって歯痒い想いをするのでした。
 そっと隣に腰かけてその横顔を眺めます。年相応の端正な顔立ちが、今はどこか子供のようです。安心しきっているかのような彼女の寝顔は僕の心には大きな波を引き起こします。

 ああ、女神アスタルテよ。この気持ちに確かな答えをいただけませんか。
 歪な僕たちに悠久の安息を。それが僕の偽らざる願いなのです。

 夢を見ていました。
 遥か遠い昔の夢。一生途切れることのない関係が生まれた日のこと。
「もうキルロイさん以外に考えられないんだよね、私の運命の人!」
 記憶の中の少女はそう言って、満面の笑みで僕を指さすのです。
 占いなんて不確かなものにどうしてそこまで固執するのか。あの時聞いていても、きっと君は上手くはぐらかしたでしょう。誰よりも努力家で、目に見える結果を追い求めているようだった君が、どうして占いを信じたのか。今聞いたなら答えてくれますか。
 この名前のない気持ちに。いつ切れてしまうか不安で夜も眠れぬ絆に。君は確かな答えをくれますか。
 もしそうなれば良いと、不完全で臆病な僕は今夜もまた願うだけなのです。

 おわり。

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2021年11月29日